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その酒の名も知らずに

 どうやら春の旅のツケが、いま廻ってきたようだ。
 ツケといえば、クレジットカードの支払いというのも決して間違ってはいないのだが、ここで私が云いたいツケとは、それとまた別個の事柄である。
 喉元のたるみ。ぽんぽんについた浮輪―。
 そう、私は明らかに太った。
 ひたすらにツケを溜め込み続けて、あげくこのような有様になってしまった理由の心当たりは、察するに余りある。旅の行く先々で嗜んだ酒・アルコオル類の数々、これである。
 友人と行ったアメリカや四国、広島ではビイル、ひとりで訪れた京都、飛騨高山、名古屋、静岡、東京では主に酒と、そしてビイル、ときどきワイン。仲間と連れだっての楽しみや、先に大仕事を成した喜びに加えて、室に一升酒やウイスキイを備えるもともとの酒好きがたたって、ただの旅を、このような酒の旅へと昇華してしまったことだろうと、いまではそのように自己推測している。
 栄養的に、各地の地酒を飲みに飲んだひとり旅のパートが、とりわけよろしくなかったのではないだろうか。その楽しい時間が矢の如く過ぎ去って程なく、いまの自分の醜い姿を目の当たりにしてしまえば、多少は気不味い思いに陥らないこともないが、しかし、真に楽しく愛すべきあの日々に悔いはない。これは自分自身でも騙せないところである。
 あの旅の模様を思い出そうとすれば、げに各地の色々な酒を戴いたということはちゃんと憶えている。どの酒も美味しくて、気分も朗らかにいい夜ばかりを賜ったということも、まあ憶えている。
 だのに、肝腎であるそれらの酒の銘柄を憶えていない。各地ごとに楽しんだ酒の名前は、もう何一つ思い出せない。
 いやそもそも、この旅行に限らず、私は酒の名前を憶えようとする欲が普段から一切と云っていいほどにない。私は酒を飲むのが好きだが、店の人との話の流れから適当に頼んでみて飲んでみて、美味しかったらそれでもう満足する傾きがあるのである。自分の飲んだ酒の名前を一々記憶して、それぞれがどのような特徴であるかも同時に押さえている世間の酒通の人は、本当にすごいと思う。
 酒が好きかと聞かれたら、好きだと答える。しかし、それに次いで、会話の継ぎ足しとして、例えば「オススメのお酒を教えてください」などと尋ねられたら、以上のことから、私は相手の期待に応えることはできそうにないだろう。そうなれば、酒が好きという自身の発言はだいぶ相手にアヤしく認知されることだろう。
 それでいい。私は誰かにオススメの酒を教えるために酒を飲んでいるのではない。自分が飲んで、自分が味わい、自分が、いい夜だったと思いたいがために酒を飲むのである。そこに誰かが介入することは、まずない。
 そして私は今夜も思い出す。彼地で過ごしたいい夜のことを。名も知らぬ酒を飲んだ、あの美しい夜の一つ一つを。

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2016-04-11 19:34 : 日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

本当に世界とつながっているか

 先日、劇団四季「コーラスライン」の秋田公演を観にいった。
 この演目は、この日が初めての観劇だったが、迫力あるダンスの応酬はとても見応えがあり、また、時おり垣間見えるショービズ界で生きる厳しさや、登場するダンサーひとりひとりに秘められた物語などによって、作品全体に深みや奥行きのようなものができていて、果たして私は、ぐっとステージに引き込まれていたのだった。この作品が長い間愛され続けてきたのにも頷ける。
 ここで話は変わるが、この公演中にこんな出来事があった。
 一般的にミュージカルや演劇の公演では、本番中は携帯電話やスマートフォンの電源は切るようにアナウンスされる。使用は云うまでもなくバツである。そして、この日も開演前に何度かこのような案内があった。
 だというのに、本番が始まり公演も中盤にさしかかってきた頃、私の斜め前の席に座っている人(以下『その人』)がおもむろにスマートフォンを取り出して使い始めたではないか!本番中なのに!
 暗転した劇場内でスマートフォンの液晶の明かりはものすごく目障りなので、私はその人がスマートフォンを使い始めた瞬間に注意をしたのだが、だからといって、この項においても、観劇マナーについてあれこれととやかく云うわけではない。これは、マナー違反を怒ったり不愉快に思う以上に、私にとっては興味深く、色々と考えさせられる出来事だったのだ。
 注意をした際にちらりと見えた液晶画面から察するに、どうやらその人はメールの確認をしているようだった。メールの送受信は、スマートフォンの主要な使用目的の一つである。別段、変わったことをしているわけではない。だが、今回について云えば、その使用状況があまりにも特殊である。それは、舞台の本番中なのだ。
 果たして、目の前に最高級のエンターテイメントがあるのに、それよりもスマートフォンに手垢を擦ることを優先してしまう人の思考とはどんなものだろうか?非日常体験を楽しめる劇場にいながらにして、メールのやりとりが気になって仕方がない人の思考とは?
 携帯電話やスマートフォンは、コンパクトでありながら、インターネットを楽しんだりメールやSNSで仲間内とのやりとりをすることができる。まさに、どこにいても世界とつながる便利な道具として広く認知され、かつ世間に普及しているように見える。
 しかし、この場合はどうだろう。ミュージカルの公演中にスマートフォンを操作してしまった、その人の場合は。
 私が思うに、あの状況で、本来その人がつながるべき世界というのは、まさしくその時ステージで行われていた舞台公演ではないのだろうか。事実その人は、そのために決して安くはないチケットを求めて、劇場の座席に落ち着いていた筈だ。
 しかし、あの中でスマートフォンを使う、メールの確認をする。それは本当に世界とつながっているということにはならないだろう。私の眼には、あの人が世界と自由につながっているようには少しも見えなかった。それよりもむしろ、あの空間―非日常を楽しめる素敵な空間!―にいてまで、内輪の小さな関係につなげられているように思えたのだ。その人がつながっていると思っている世界は、自分だけの小さく狭い世界のことであり、その人はただただ自分の世界に閉じこもっていたのに他ならない。
 私はスマートフォンは持っていないが、それと類似するタブレット端末は有している。それら、生活を豊かにする筈のガジェットも、使い方や認識次第で、自分の視野を狭めたり、自由な生き方が阻害されることもありそうなのだと、私はその人から学んで、肝に銘じておくべきであろう。
 顧みて、果たして、自分はどうなのだろうか。何の気なしにやっているTwitterは?そして、いま執筆真っ最中のこのブログどうか。既読未読のマインド・ゲームに気を取られて、真に目を向けるべき光景を見落としてはいないか。
 自分は本当に、この世界とつながっているのだろうか・・・。

2016-04-04 22:41 : 日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :

Recall

 自分の立場や、生活の環境がガラっと変わるので、これを機会に、三年程続けていた「ブログの執筆」という習慣からもキレイさっぱり足を洗うつもりでいた。などと、何だかんだ云いながら、結局のところ、私はまた、新しいブログを、ついつい始めてしまっていた。
 それはつまりこのブログである。
 以前のブログは、自分の立場・・・というか、「属性」を前提にして始めてしまったようなものなので、記事の内容やコンセプトの根っこには、なんとなく、その属性というものが常にあった。多少は自由に書いているようでも、いつも後ろにその自分の属性が付きまとってくるような気配がして、いくらか窮屈に感じるところがあった。
 だが、このたび、全く新しいブログを作ることになった。もはやその、今までくっついて離れなかった自分の属性というものがまとわりついてくることもなくなるわけだ。書く内容も、全体のコンセプトも、これからは完全に自由なのだ。
 完全な自由!だからいっそのこと、思いきって自分自身をも騙すような、嘘の人格で執筆する嘘日記ブログでもやってみちゃおうかな!などと、一時ははしゃいでみたりするのだが、そうなると今度は「嘘の人格」という設定にギュウギュウに絞めつけられて、少しも長続きしないような未来が、脳裏に容易に思い浮かばれた。
 だから七面倒くさい設定はナシにして、私は私のままでブログを書くことになった。私は本当は不器用なヤツだから、自分は自分のままでいることしかできないということに気がついたのだ。
 そして、前回の反省もあるし、できるだけ自分の属性のことは語らないようにする自戒を立てた。
 ひょっとすると時々は、疲れや不注意からか、それっぽいことを書いてしまうかもしれないけど、それでもたぶん断言はしないだろう。
 このブログを読んでいくうちに、「ははあ。もしや、きゃつめは○○だな」などと、皆さんの内にそれぞれイメージするものができてくるかもしれないけど、私はまあ、それはそれで一向に構わないと思っている。郵便屋さんだと思ったら郵便屋さんでもいいし、ドラァグクイーンだと思ったらドラァグクイーンでもいいし、猫だと思ったら、もう猫でも虎でも何でもいい。
 私にとって、「ブログの執筆」ということは、唯一、自分で何かを生み出す類の習慣で、大袈裟だけど、私の精神安定の秘訣だなんて云ってもいいのかもしれない。
 とは云いつつ、これからの私は、そう毎日毎日何かしらのことを書いていられるような暮らしはできないと思う。だから、おそらくこのブログも、あまり頻繁には更新できないはずだ。
 その代わり、大ていのことがない限り、放っておくこともしない。以前、私の属性には、「期限」があった。でも今の私にはその属性からしてないのだから、期限というものがあるはずもない。私は、このブログを長い目で見ているのだ。
 そんな私が、暮らしのなかから生み出した稚い文章でも、皆さんの暮らしの片隅に、そっと住まわせていただけるなら、とても嬉しい。そして、もし私の拙いことばが、見知らぬ誰かの日常を少しでも慰めることができたなら、さらに嬉しい。
 さて、新しいブログの一つめの記事としては、こんなところで十分だろうか。これから書いていくであろう、二つめ、三つめの記事も、どうかお楽しみに。

 それでは、「必要ない歌」のはじまり、はじまり。

2016-01-30 19:00 : 日記 : コメント : 0 : トラックバック : 0 :
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筆者紹介

シバケン

Author:シバケン
Base:秋田消滅可能性都市

趣味はお散歩、特技は悪だくみ

筆者近言

 新しいブログを始めました。頻繁な更新はできませんが、暇なときは気軽に遊びにきてください。

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